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最高裁判所第二小法廷 昭和40年(あ)1107号 判決 1966年4月15日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

被告人本人の上告趣意は、違憲をいう点もあるが、所論のように、警察官の本件処理が不当である旨を主張することは、原判決に対する具体的論難ではなく、その余は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

しかし、職権をもって調査すると、原判決および第一審判決は、後記のように刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものと認められる。

原判決および同判決の維持した第一審判決が確定した事実によると、本件一方通行の道路標識は、大阪府公安委員会によって東から西への一方通行と指定された大阪市東区北浜三丁目二一番地附返道路(通称内北浜通り)と、これと直角に交わる道路(通称心斎橋筋)との交差点の南東角にある元アメリカ銀行建物の角から約四・七米南に入った場所に設置せられたものであって、その標識は、約四〇度西南方を指示していたものであるところ、被告人は、第一審判決判示の日時に第一種原動機付自転車を運転して内北浜通りを通行するにあたり、本件道路標識の表示に注意し、内北浜通りが一方通行の場所ではないことを確認して運転すべき義務を怠り、この道路が西方への一方通行となっていることに気付かないで、その出口方向から入口方向(東方)に向って右自転車を運転通行した、というのである。そして第一審判決および原判決は、以上の事実関係を前提として、被告人の所為が、道路交通法七条一項の規定にもとづく大阪府公安委員会の定めた車両等の通行禁止、制限に違反するものとして、同法一一九条二項、一項一号の罪が成立することを肯定しているのである。

ところで、道路交通法施行令七条三項には、公安委員会が道路標識を設置するときは、歩行者、車両又は路面電車がその前方から見やすいように設置しなければならない旨を規定しており、このことに鑑みても、道路標識は、ただ見えさえすればよいというものではなく、歩行者、車両等の運転者が、いかなる通行を規制するのか容易に判別できる方法で設置すべきものであることはいうまでもない。しかるに本件道路標識は、前示のように、本件交差点の南東角にある元アメリカ銀行建物の角から心斉橋筋を約四・七米も南に入った場所に設置されていたばかりでなく、その標識(矢印をもって一方通行の方向を示しているもの)は、正確に西を指しておらず、約四〇度も西南方を指示していたというのである。そのうえ本件記録によれば、本件当時、心斉橋筋も北から南への一方通行と指定されていたこと、本件標識のすぐ前(交差点寄り)には心斉橋筋の駐車禁止をも示すものと認められる道路標識があって、本件標識はその背後に一部重なり合うようにして設置されていたことが明らかであるから、その設置場所、設置状況にてらし、本件標識が、内北浜通りの東から西への一方通行を明らかに指示するものとはとうてい認められず、むしろ心斉橋筋の北から南への一方通行を指示するもののように見られるのである。このような標識の設置方法は、道路交通法施行令の前記法条に違反するものであり、右標識によっては、心斉橋筋を南下して本件交差点を左折し、内北浜通りを東行しようとする車両等の運転者に対し、内北浜通りの東行を禁止する旨の通行規制が、適法かつ有効になされているものということはできないといわなければならない。したがって、被告人が、本件道路標識を見落して、内北浜通りが東から西への一方通行と指定されていることに気付かず、右道路を東に向けて前記原動機付自転車を運転通行したとしても、なんら過失による車両等の通行禁止、制限違反の罪は成立しないものというべきである。それにもかかわらず、本件道路標識が、右内北浜通りの東から西への一方通行のみを指示しているものであることは疑いを容れないところであるとし、その設置が違法でないことを前提として、右の罪が成立するものとした原判決および同判決の維持した第一審判決は、事実誤認、ないし法令の解釈を誤って被告事件が罪とならないのにこれを有罪とした違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑訴法四一一条一号、三号により、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって刑訴法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

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